オランダのアンネフランクの家、一生に一度は訪れて平和を考えてみませんか?

こんにちは!

Koharu e-Life in NYへようこそ!

 

アンネ フランクという少女をご存知ですか?

第2時世界大戦でユダヤ人であるというだけで迫害を受け、収容所の送られ、命を落としてしまった少女です。

私が彼女に出会ったのは、中学生の時。

授業で彼女のことを知り、それからアンネ フランクのこと、そして戦争のこと、人種のことなど興味を持ち、色々な文献にハマり読み漁りました。

アンネ フランクという少女を通して、この迫害はアンネだけに起こったことではなく、600万人にも及ぶ人が迫害され命を落としたこと、人種差別や戦争の悲惨さを学びました。

そして、いつかアンネ フランクが住んでいた隠れ家に行ってみたいという気持ちを持っていました。

その気持ちが通じ、今回オランダの旅でアンネ フランクの家に行くことができたので、ご紹介したいと思います。 

 

 

アンネ フランクってどんな人?


(出典:Anne frank house)

アンネ フランクはユダヤ系ドイツ人。

第二次世界大戦中、ナチスの迫害を受けて2年間オランダのアムステルダムにある隠れ家に家族や他のユダヤ人計8人と隠れて住んでいた少女です。

その自由のない息をも殺す2年間の生活をアンネは日記として記しました。

アンネは不幸にも終戦前に隠れ家は発見されてしまい、一家はアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所へ移送され、その後、アンネはベルゲン・ベルゼン強制収容所へ移送。

そこでアンネはアンネのお姉さんと共に収容所の不衛生な生活からチフスにかかり15歳という短い人生を終えることになります。

同じ隠れ家で生き残ったのはお父さんのオットー フランクのみ。

戦後、収容所から解放され隠れ家に帰ってきたオットーは隠れ家を支えてくれていた人たちから部屋に残された遺留品の中にアンネの日記を見つけました。

オットーはアンネが隠れ家で日記をつけていたことを知っていましたが、アンネの生存中は絶対に読まないということになっていたとのことです。

その後、オットーは家族の生存を望みながらアンネ、アンネのお母さん、お姉さんを必死に探します。

が、ある日、アンネと同じ収容所でのお友達からアンネやアンネの他の家族の死を知らされます。

絶望の中オットーはアンネの日記に目を通すことを決めたそうです。

読み進めるのにはとても時間を要したそうですが、13歳から15歳のアンネがこれほどまでに色々なことを考えていたことに感銘を受けたそうです。

そして、このアンネの日記の出版に踏み切るのです。

今や、このアンネの日記は70国もの言葉で訳され、世界中でベストセラーになっています。

アンネの夢はジャーナリストになることでした。

アンネが生きているうちには叶わなかったですが、父親のオットーのおかげでアンネの死後、こういう形で多くの人に彼女の文章が読まれることになり、ジャーナリストになることができたと言えるのではないでしょうか。。。

 

 

アンネ フランクの家はどこにある?

アンネフランクの家はアムステルダムにあります。

アムステルダムの中心部にあるので、アムステルダムセントラル駅からも歩いてもそれほど遠くありません。   

行く途中、運河沿いの道を通ったり、

Royal Palace Amsterdam(王宮)や

ダム広場があり

アムステルダム観光ができます。

歩いて行くのがちょっと。。。という方は、駅前からトラムでも行けるので、トラムを使うといいですね。

アムステルダムセントラルの駅前にはトラムのインフォメーションもあるので、どのトラムに乗るかはそこで確認できます。

 

 

アンネフランクにはどうやって入るの?

アンネフランクの家には、事前の予約が必要です。

以前は、長い列を作り当日でも入場できたようですが、今では、事前にチケットを購入した人のみが入場できるシステムになっています。

予約は2ヶ月前から取れます。

行く日にちが決まったらすぐに取ることをオススメました。

というのは、世界中からこのアンネの家に訪れたいという人がたくさんいるので、季節によってはすぐに埋まってしまうのです。

予約はこのサイトからできるので、是非、早めにとってみてくださいね。

Anne Frank House: Tickets)

 

アンネフランクの家(ミュージアム)の中は。。。

中に入ると、そこには荷物を預けるカウンターがあるので、コートや荷物を預けられます。

そして、建物の中には写真や展示物もあるので、それを聞くオーディオガイドがあるので是非借りましょう。

オーディオガイドの言葉は下記の国の言葉で聞くことができます。

  • Dutch
  • English
  • French
  • German
  • Hebrew
  • Italian
  • Japanese
  • Portuguese
  • Spanish

もちろん、日本語もあるので安心して理解することができます。

聞き方は簡単。

部屋ごとに説明があるので、オーディオの機械(番号付き)にリモコンを近づけると音声ガイダンスが始まります。

 

写真を撮れるのはここまで。

ここからはチケットを見せて入場です。

アンネの家のミュージアムの中では写真は一切撮れません。

 

アンネの家はどうなっているの?

アンネの隠れ家まで行く前に、戦争のこと、ユダヤ人の迫害のことなどを学んでいきます。

そして、隠れ家に近くなって行くに従い、アンネに関わることが説明されていきます。

例えば、アンネたち一家の隠れ家生活を支えてくれた人たちのこと。

そして、アンネたちが隠れ家に行く前に残したハガキだったり、おもちゃなども展示されています。

一人の少女がどうのような気持ちで隠れ家へ行かなくてはいけなくなったかを感じることができる気がします。

 

そしてついにあの有名な階段上の隠し戸棚。

そこにはさわれない様になっていて、この負の遺産を後世に残すべく保護しているのがわかります。

アンネのが2年間過ごした部屋、屋根裏部屋など、小さい頃読んだアンネの日記を読んだ時の、様々な感情が込み上げてきます。

今、部屋には家具はないのですが、当時、アンネが壁に貼っていたプロマイドなどは残されています。

単調な隠れ家での毎日を少しでも飾り付けしていたアンネの様子が浮かびます。

そして、そこにはアンネの直筆の日記も置かれています。

まだ少女のアンネの字はとても大人びた字に感じました。

日中は声を出すことも普通に歩くことも許されない生活の中、文字だけが彼女の生きがいだったのがわかります。

 

一通り見学できるコースが終わると、そこには現代の人たちのコメントが小ムービーになって流されています。

アンネを讃える声もあれば、アンネの様に過ごした人は大勢いてアンネの様に有名にならず寂しくなくなって行ったこと語る人もいました。

私にはどの声も、戦争の悪と人種の差別への悪を強く感じました。

 

アンネの家のギフトコーナー

ギフトコーナーには様々な言葉で書かれた本や

家の模型や絵葉書など。

Dairyも売っていました。

私もここで本を購入しました。

今までアンネ フランクの本は何冊も読んできましたが、このアンネの家で買った本は私にとって特別な本になりそうです。

 

 

アンネの家の前は。。。

アンネの家の中では写真が撮れないですが、家の前では写真は撮れます。

実際にアンネが過ごした隠れ家は、この裏手ですが、入り口はこちら。

ここで記念撮影をしている人が大勢いました。

アンネの家は下の写真の左手の三角屋根の右隣。

隠れ家自体は角地ではないのですが、今では写真中より少し右の角からアンネの家までが全てミュージアムになっています。

アンネの家ミュージアムの入り口はその角にあり、そこから資料や音声ガイダンスを聞きながらアンネの家まで繋がっていると行った感じです。

私が入った時は、まだ朝早かったので人は少なかったのですが、出てきた時には、入り口には長蛇の列。

チケットを持っている人も入場までにかなり並ぶ様でした。

アンネが毎日聞いていたという鐘の音をもつ教会。

アンネが眺めていたのかな〜と空を見上げてみます。

何を考えながら眺めていたのかな。。。

 

Anne Frank House

住所:

Westermarkt 20, 1016 GV Amsterdam, Netherlands

 
(予約はこちら→Tickets)

 

 

まとめ

今回のオランダ旅行での一番のメイン、アンネの家にいけたことは、本当によかったと思います。

戦争や差別のもたらす悲劇を肌で感じるためにもぜひ訪れたい場所ですよね。

これを気に、もう一度アンネの日記を読みたくなりました。

そして、大人の目で戦争は何も生み出さないということもう一度勉強し、後世に繋げていかなくてはいけないと強く思いました。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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